「無認可共済」ベルル共済の破綻について⑪:「最初から“死に体”だった!?」

前回*の続きです。11月17日付の高知新聞・夕刊が、破綻したベルル共済の元理事長の経営者像と手掛けてきた事業について報じていました。

*前回の記事はこちらです。
  • 「無認可共済」ベルル共済の破綻について⑩:「新たな疑惑」

    …記事を見る限り、元理事長は経営者としての素質はなかったのではないかと存じます。

    建設国保の地元組織を立ち上げた後、平成2年に立ち上げた事業は不振で経営は火の車で、社員の証言によれば料金滞納のため社用車の給油ができず、電話がとまったこともあるとか…。

    また自社ビルを建てた際には、10階建てで図書館やスポーツジムも入る計画だったものを3階建てへと大幅に縮小し建設したため、ジムなどを目当てに多額の協力金を出した顧客からはクレームが相次いだそうです。

    そこへさらに学習塾の買取やコインランドリー事業を開始して事業を多角化したとか…。

    そんな状態でさらに共済事業を始めても上手くいくはずもありません。破綻した同共済は、始めから企業として“死に体”だったのでしょう。

    多額の資金を集めてもその大半が消えてしまい、破綻するのは必然だったのではないでしょうか?

    【記事の内容】

    以下、記事の内容です。

    【夢追う“火の車”人生 ベルル共済川越元理事長とは】
     本県を中心に掛け金など35億円をかき集めた後、唐突に営業を停止した「ベルル生命医療保障共済会」の元理事長、故川越一氏。10月、61歳で死去した彼の人柄や来歴を語ることのできる人間は極めて少ない。かろうじて浮かび上がるのは、自分の夢を語り続ける一方、周囲を信用することのない経営者像だ。

     川越氏は周囲とプライベートな話をすることは少なかったようだ。ごく近い筋によると、本籍は鹿児島県。父親は警察官で全国を転々とし、自身は兵庫生まれと話していたという。大阪で営業の仕事をし、20代後半の頃、知人のつてで徳島へ来たとされる。

     昭和49年、建設業者の事務代行業務を行なう事務組合を設立。その後、全国建設工事業国民健康保険組合(通称=建設国保・東京)の地元組織を立ち上げ、本県支部長と徳島出張所長に。「加入者数を増やそうと、タクシーを借り切って走り回った。痔(じ)になるぐらいやった。それで今の組合の基礎ができた」

     事業の初期のころのことを社員にそう語っていた。

     ◇自社ビル建てる
     事業意欲は旺盛。平成2年に「四国建設業データサービス」を設立し、電話回線を使って飲食店などを紹介する仕事を始めた。が、巨額の開発費を投じた割には不振。同時期、保険代理店業務もスタートさせ、営業担当だけでも50人近い人間を抱えたが、経営は“火の車”だった。

     「社用車への給油が料金滞納のためできなかった」「会社の電話が止まったこともある」。社員はそう証言する。しかしそんな中でも、川越氏は「わしは自社ビルを建てる」という夢を周囲に語り続けたという。

     地元銀行から約4億円の融資を受けて、念願の自社ビル建設を果たしたのは9年5月。徳島市の繁華街近くに鉄骨3階建てのビルを完成させた。が、内実は当初計画を大きく縮小したもの。当初は図書館やスポーツジムなども入った10階建ての計画だったといい、ジムなどを目当てに多額の協力金を出した顧客からはクレームが相次いだ。

     一方、この時期に学習塾の買い取りやコインランドリー事業にも乗り出し、事業を多角化。川越氏はそのための資金をどこからか調達していた。

     保険販売の代理店業をしていた川越氏が独自の共済商品(介護医療保障共済)の販売に乗り出すのは11年。翌年に介護保険法施行を控え、時宜を得た商品だった。評論家の樋口恵子さんを招いた介護フォーラムや大学の医師による医療講座を開くなど積極的なPRも展開し、次々と契約者を増やした。

     ◇相手を接待漬け
     この間、経営の内実に不安を覚えて会社を離れる社員はいたが、経営者としてはさほど敬遠されるようなタイプではなかったらしい。

     ただ、元社員らは「金がたくさんあるような使い方をしていた。建設国保の本部にしろ、保険会社にしろ、相手を接待漬け。自分を大きく見せようとしていた」。徳島市内のゴルフクラブの会員権を持ち、プレー代はおごった。ある社員にはゴルフクラブのセットをプレゼントした。が、自分よりも上手と分かると見る見る不機嫌になることもあり、「自分が中心にいないと気が済まない人だった」との評も。「あの人は僕のことをなんて言ってた?」と、自身の評判をとても気にしていたようだったともいう。

     会社の住所を自身の住所とする。カラオケでは座ったまま丁寧に鶴田浩二を熱唱。「気さくなおっちゃん」というイメージを持つ人も少なくなかった。

     長年、川越氏を身近で見てきたある人物は「女性にもよくもてたし、周囲の人にも恩をしっかり返す人。その分、川越の事業の甘い汁を吸った人は周りにたくさんいるはず」。一方、元社員らは「病院を買い取りたい、介護施設も造りたい、保険会社になりたい、など、たくさんの夢を聞いた。でも、経営者としての素質は乏しかったように思う」「他人を信用するような人じゃなかった。謎の多い人だった」

     ベルル社が巨額の資金を集める契機となった独自の共済商品を売り始めた11年5月。それは川越氏が建設国保支部などから流用した保険料の弁済を開始(10年から)した時期や、ベルル社が500万円の不渡りを出した(11年5月)時期と重なる。

     「共済は(全国で約90億円を集め、友部達夫参院議員が詐欺容疑で逮捕された)オレンジ共済(8年倒産)にヒントを得たのかと思った。危険と感じた」

     当時既にベルル社を離れていた元社員は、共済商品のパンフレットを見た時の印象をそう語っている。


    以上です。

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    この記事へのコメント

    2006年11月22日 09:45
    おはようございます!

    会社は誰にでも作れます!私にも…
    それを継続していくのが大変なのに!
    この元理事長は頭は良いんでしょうね。いろいろと事業を考え付くんですから…ただ経営者としては失格者ですね!

    ところで近未来通信!
    実は開業前に代理店の話を聞きに本社に行きました。勿論出資者ではないですよ!その時も出資者は手厚い待遇を受けていましたが、代理店希望者はどうでも良い対応でした!結果事業の発展性が無いな~と感じ止めましたが。
    良かった止めといて!
    現役保険営業マン
    2006年11月22日 17:23
    ともさか保険事務所さん、一番コメントありがとうございます。
    …同感です。頭はよかったのでしょうが、経営者としては失格ですね。

    …近未来通信はしばしば全国紙に出資者を募る企業広告を出していましたね。
    今後、被害額はさらに増えるのではないでしょうか。
    >良かった止めといて!
    >>ホント危ないところでしたね。もし応じていれば…今頃お金は消えてしまっていたでしょう。

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