共済の危機―改正保険業法の適用で多くの自主共済等が消滅?①

日本保険学会の資料に、松崎良・東日本国際大学准教授の「保険業法及び保険契約方(仮称)における共済の位置付け」―共済の独自性を維持するために―という、面白い報告資料がありました。

報告資料には、

①任意共済等に平成20年4月1日から適用されることとなっている改正保険業法と保険契約法がどのような影響を及ぼすのか。

②改正保険業法を適用すること自体の法的な問題点。


といったことが述べられており、非常に興味深いものでした。

今回から、その内容を3回にわたって連載してまいります。では早速本題です。

【自主共済組織、消滅の危機①】(「保険業法及び保険契約方(仮称)における共済の位置付け」-共済の独自性を維持するために-から転載)
第1回目となる今回は、上記報告資料から、初めに…問題の提起~Ⅱ.共済と保険業法適用問題、までを掲載いたします。

・初めに…問題の提起
 今日共済をめぐる動向は誠にめまぐるしく片時も目を離せない激動の最中にあり、共済市場極めて大きな歴史的な転換点に差し掛かっている。共済にとっては全般的な危機でかなり不利な状況に追い込まれつつある。

 共済を、便宜上、協同組合共済・協同組合共済以外の制度共済(認可共済・根拠法共済[制度共済]と称する)・自主共済(任意共済・根拠法のない共済・本来の無認可共済)に分類する。協同組合共済に関しては、私見を公表した。制度共済のうちで、公益法人共済に関しては、私見を公表した。特定非営利活動法人(NPO)法人共済も自主共済と略同様の法律状況にあるが、特定非営利活動法人のままで少額短期保険業を行うことができる。自主共済は平成17年改正保険業法(以下、改正保険業法)が平成20年4月1日から適用されることになっている。加えて、保険契約法(仮称)(以下、単に保険契約法)にも取り込まれそうであり、「保険法の見直しに関する中間試案」(以下、中間試案)で共済保険無差別論が公然と主張されている。自主共済が最も弱い分だけ最も深刻である。

 近況として、平成19年10月6日の日本私法学会シンポジウムで「保険法改正」が取り上げられ、「総論(1)」に対する質疑応答の中でも、共済問題に関して複数の質疑がなされた。参議院選挙に民主党が大勝し政治状況が様変わりになり、共済問題が大きく同意を見せる可能性もある。

 保険業法及び保険契約法における共済の位置付けを、共済の指導理念・組織原理・運営方法(保障技術)等の側面から接近して、共済の独自性・自主性を模索したい。共済は自ら独自性・独立性を高唱するためには、やはり身の丈にあった借り着ではなく本来の衣をまとうべきであり、共済法として共済業法と共済契約法を一本化した根拠法を持つべきであると考える。共済が保険業法や保険契約法に無理やり押し込められて本質的に合わない服を着せられて保険の鋳型にはめ込まれて法規制されることは、第1に共済団体にとっても、第2に共済契約者にとっても、第3に実は保険会社・少額短期保険業者にとってすら、望ましくなく不幸なことである。

Ⅰ.私の共済法研究史
 まず、先に入った会社法との並びで、協同組合の組織法も加わった。

 次いで、略同時に共済法の勉強を開始した(研究業績はやや後になった)。私の共済法研究の一里塚となったのが「共済法」「“無認可共済”法」であったが、今では、制度共済及び自主共済(特に自主共済)につき、分量を増加するだけではなく、内容ももっと踏み込んで、改訂する必要を強く感じている。協同組合共済だけから共済一般に裾野が広がった。

Ⅱ.共済と保険業法適用問題
 保険業法適用除外を受けられなかった多くの制度共済及び自主共済に改正保険業法が平成20年4月1日(公益法人共済も遅くても平成25年4月1日)から適用される予定になっており、ことに公益法人共済・自主共済にとっては深刻な大問題になっていて危急存亡の危機に直面している。協同組合共済にとっては現在は保険業法の適用は免れているものの、協同組合共済を含めて共済保険一元的規制論が明確な形で姿を表し、協同組合共済は対岸の火事だとして連携が弱く共済の仲間を次々に喪失したら、外堀を埋め立てられた大阪城のごとく、丸裸にされて本丸が炎上する羽目になりかねない。共済には程度の差こそあれ共通の問題であるが、とりわけ根拠法がないだけに最も先鋭に問題が表れる自主共済を意識して、行論したい。

1.保険業法改正の本来の目的
 20年位前から新種の根拠法のない保障が急増し、販売方法(説明不足・連鎖販売等)や保障の内容に大きな瑕疵(かし)がある保障を、マスコミ等は意図的・作為的に“根拠法のない共済”・“無認可共済”として、あたかも共済陣営に問題があるかのように取り上げた。しかし、その実態は特定者を装った不特定者を相手方とする無免許保険がほとんどであったといっても過言ではない。強引で無責任な根拠法のない保障の契約者を守りひいては健全な共済・保険制度を維持するために、少額短期保険業者を創設して法規制を加えることが保険業法改正の本来の目的であったはずである。連鎖販売方式を採用するエキスパートアライアンスや共済会を立ち上げてコンサルティング料と業務委託手数料の両取りを行うエーオンアフィニティジャパン等にも問題があるとの指摘もあった。

2.共済にそもそも保険業法を適用すべきなのか
 共済一般に当てはまることであるが、特に深甚な悪影響を被る自主共済を取り上げてみよう。自主共済は労働者が連帯・団結して自主的・民主的に実施する相互扶助による共済である。自主共済の団体形態は権利なき社団が多いものと思われる。旧来からある在来型の自主共済は、日本勤労者山岳連盟(労山)(登山者)・全国商工団体連合会(全商連)(中小商工業者)共済会・全国保険医団体連合会(保団連)(開業医)・全日本民主医療機関連合会(民意連)(医療機関)共済組合を会員とする「共済の今日と未来を考える懇話会」(事務局:労山、各地に[神奈川県にも]次々と支部が誕生している)の他に、多数の群小の共済が存在している。これらは多少の不備はあったにせよ堅実かつ誠実に保障を遂行してきたのであり、特段大きな問題を起こすことは無かったと言ってよい。むしろ保険業法の適用下で金融庁の監督を受けてきた保険会社のほうが問題含みであったことは明白である。それにもかかわらず、多くの自主共済(懇話会会員共済のほかに小中PTA・高校PTAの外出しの安全振興会・知的障害者・税理士・歯科医師等の共済)は保険会社は元より少額短期保険業者への移行は経費が掛かり過ぎ保障の内容が大幅に低下するので至難であり、解散の危機に直面している共済が続出している。

 そもそも共済は明治政府による保険業創設のはるか以前から自然発生的に生成・発展してきた自生的な保障という由緒正しい系譜を持つ。共済は自助に基づく相互扶助(ひとりは万人のために)を理念とする連綿と受け継がれてきた先発の(?)正当な保障であり、株式会社・相互会社保険とは異なる保障である(共済保険異質論)(相互会社が株式保険会社に対する独自性・拮抗力を十分に発揮し得ていないことの方が問題である)。特に自主共済は国家権力とは無縁のところで任意に地道に自立・自営して保障を行っているのであり、国家は特に支援しなくても良いが、妨害してはならず、中立を保ち介入すべきではない。慶弔共済(見舞金共済)の系譜を引き、国家は放置して無関心でよい。自主共済の多くは特定の団体において共済関係以外の密接な関係を有する構成員を対象としたもので、当該構成員の私的自治に委ねることが妥当と考えられるものに該当すると考えてよい。

3.共済に本当に保険業法を適用する必要があるのか…立法の在り方の当否
 叙上のように自主共済には(もちろん共済一般にも)本来的に保険業法を適用すべきではなく、改正保険業法を適用すべしという金融庁の路線は自主共済の理論と実際をわきまえない取締りを強行しようとしているのである。自主共済は「構成員が真に限定されるものについては、特定のものを相手方とする共済として、従来どおり、その運営をもっぱら構成員の自治に委ねることで足り、規制の対象外とすべき」共済に該当するはずである。極めて不健全な相当数の根拠法のない保障を法規制するという当初の意図を逸脱して、健全で穏当な自主共済にまで法規制の網を強制的にかぶせるというのでは問題のすり替えである。自主共済に改正保険業法を適用すべしと主張する金融庁には自主共済に改正保険業法を適用しなければならないことを証明する責任があるはずであるが、金融庁はその立証責任を果たしていない。根拠法のない保障は玉石混交であり、味噌も糞も一緒くたでは真面目に孜孜営々(ししえいえい)と保障を行ってきた自主共済に対して礼を失する。根拠法ない保障時代にあくどく荒稼ぎした無免許保険が保険会社・少額短期保険業者に成金で昇格し、制度共済・自主共済は本分をまっとうしてきたにもかかわらず改正保険業法の谷間に落ち込みあえいでいるのでは、どう考えても理不尽であり納得できない。特に、福利厚生・相互救済としての相互扶助・助け合いを行い厳密な意味での保険技術を採用しているとは言いがたい善良な自主共済潰しをしようとしている金融庁の強硬な態度は、自己又は第三者たる日米保険会社の利益を図る行為ではないかと勘繰られかねない行政権力の濫用と言うべきであるように思える(金融庁アメーバ論)。いくらなんでもここまで踏み込むべきではない。本当に保障を必要としているのは貧者・弱者であるとするマイクロ保険の指摘にも一理ある。制度共済・自主共済に保険業法を適用すれば、仮に少額短期保険業者としてこれらが青息吐息で存続できた場合でも、保障の水準が大幅に引き下げられ、最終的に迷惑を受けて困惑するのは現共済契約者改め保険契約者である。これでは改正保険業法がお題目とする保険契約者保護にもとり、角を矯めて牛を殺すがごとく拙劣な悪法であるとの批判を免れないように思う。共済を廃止すべしと暗に教唆・誘導している作為的な法改正になっている。

 保険業法改正に関して、どうしても看過できない重大な問題として、立法の在り方の是非を取り上げる必要を強く実感している。会社法制定でも、法務省の立法担当官(民事局職員)が盛んに立法の解説を行っていて、立法の主導権が法制審議会の委員(会社法学者が中心)から立法担当官に移行してしまったかの感を覚えている。保険業法改正も同一の地下水脈が噴出した新たな立法手法の一環である。保険業法改正は、協同組合共済すら保険業法の適用範囲に組み込むことも視野に入れて見直しを行うとの一部の思惑や制度共済は平成25年3月までに自主共済は平成20年3月までに保険会社又は少額短期保険業者設立・保険会社等に契約移転・廃業のいずれかを選択せざるを得ないこと等の点で、極めて強圧的で強権的立法である。そもそも金融庁には他の主務省庁が管轄している協同組合共済や制度共済に対する規制の権限が存在しないはずである。

 加えて、健全な制度共済・自主共済に保険業法の網を被せて法規制する必要ななく、問題含みの無免許保険だけに特定保険業者として改正保険業法を適用すれば足りる。「今までの自主的な共助というものを基礎にした共済の役割を大切にしながら制度設計をしていく、やはり行き過ぎた規制を掛けてはいけない」との当時の金融担当大臣の答弁すら無視した制度共済・自主共済に対する過剰規制であり、善良な弱小共済に対する燻り出し・廃業への陥穽(かんせい)であり、国家権力によるパワー・ハラスメントである。つまり、立法の目的をはるかに越えた超越した立法の手段となっている意味で立法の目的と手段が対応していないのであり、立法事実の詳細な検討がしっかりとなされていたのかに大きな疑問が残る。権限が無かったから止むを得なかった部分はあるが、金融庁は調査不足であったことは否めない。金融庁は改正保険業法の網を掛けるべき根拠法のない保障と真面目な自主共済とのふるい分けをせず、略一網打尽にほとんど全面的に改正保険業法を適用するつもりであったのであろう。それ故、正確な調査などする気は無かったのだろう。ともかく、改正保険業法の適用除外が狭くきつ過ぎて、放置しておいても何ら弊害が発生していない健全な自主共済等に大混乱を与え存続が著しく困難な苦境は、何としても収拾しなければならない。

 さらに、平成17年8月12日に公表された「保険業法施行令・保険業法施行規則等の改正案の骨子(案)」では適用除外とされていたにもかかわらず、わずか4ヵ月後の同年12月28日に公表された「保険業法等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(案)等(少額短期保険業関連)」では一転して適用に変更されたが、金融庁はこの間の事情を説明する責任を果たしていない。

 もし、制度共済・自主共済に負担を掛けざるを得ないとしても、与える不利益は必要最低限にとどめるべきであり(より限定的でない他に選択し得る手段、Less Restrictive Alterantive 基準)、制度共済・自主共済に対して余計な介入・おせっかいである。契約者にとって実害が全く看取できないどころか制度共済・自主共済のままで存続したいと強く願望している共済団体がかなり多くあるにもかかわらず、共済の実態を一切捨象(しゃしょう)してほとんど例外なき一律法規制こそが、保険業法改正に瑕疵があった動かぬ証左であった。制度共済・自主共済にも生存権(憲25条)的な職業選択の自由の一環における企業としての経済的な人権(憲22条)や結社の自由(団体自治権、憲21条)さらには抵抗権のような経済的人権が保障されており、真面目な制度共済・自主共済が契約を保険会社・少額短期保険業者に移転し又は契約者に残余財産を分配したりして廃業せざるを得なくなるような改正保険業法は、いたずらに共済契約者に損害を与える立法である。憲法で保障された企業としての経済的な人権を下位規範である保険業法が空洞化させるがごとき立法は、本末転倒であり容認できない。共済と保険の対等競争条件(equal footing)を標榜する改正保険業法は一見平等を実現するかのような装いをまといつつ、実は共済と保険の理論的・実際的再を無視した機械的・画一的な法規制は共済の利点を剥奪する新たな実質不平等として、法の下の平等(憲14条)に抵触する危険性があるように思う。出自(しゅつじ)も理論も実際も別異の共済と保険をあえて同一条件の元に同一市場で競争させる必然性は無い。企業形態の多様性を十分確保しておいて国民に選択してもらうことが好ましい。共済にとっては想定外の闇討ち・不意打ち・騙し討ち・辻斬りであり、真意を隠した「敵は本能寺にあり」のごとき立法は国民の賛同を得られない陰険な手法であり、立法の在り方として姑息でかなり禍根を残す手法であったという他ない。また、法案の途中経過で国民の意見を吸収し反映させる方途も不十分であったように思う。金融庁の職員は国家公務員であるから全体の奉仕者であり一部の奉仕者ではない(憲15条2項)のであるから、いくら保険の主務省庁であるからといって、制度共済・自主共済が立ち行かなくなるようないわれなき不当な差別を行う保険業法改正はある一部への奉仕者と言われかねない状況ではないだろうか。憲法違反の疑念が濃厚であり、過誤を含む立法であったと評価すべきである。

 在日米国商工会議所の意見書「無認可共済を保険業法及び金融庁の監督下に」(平成15年8月)及び米国政府要望書「日米規制改革及び競争政策イニシアティブに基づく日本政府への米国要望書」(平成16年10月14日)の影響により保険業法適用除外が外されたようなことがあったとすると、一方では米国政府の日本政府に対する強圧的な要望は内政干渉のように写り、他方では日本国政府の保険業法施行令・施行規則における適用除外外しは憲法尊重擁護義務(憲99条)にもとる行為であったように思える。以上を要するに、法改正の過程と予想できる結果の両面で大きな問題含みの保険業法を制度共済・自主共済に適用すべき必然性や説得的な合理性は、何ら存在しない。

 金融担当大臣も、事業の継続を危惧する共済に「新しい保険業法のもとでも温かい何らかの仕組みづくりができないかということは、担当部局も悩んでいるところでございます。そんな意味で、なお引き続きよくご相談に乗らせていただきますので、今後検討させていただきたい。(中略)(第三者機関でも構わない、審査会を設けてそういった適用除外にできるといった規定を設ける)措置ができることを模索する」と、不十分ながらも一定の答弁をしていた。


以上です…ふう~ε=(-.-;)。

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この記事へのコメント

2007年12月07日 23:30
こんばんは!

“共済”と一言でいっても、素晴らしい共済もあれば、単なる集金システム(ネットワークビジネス)の共済もありますものね…
一派一からげで規制するのもどうかとは思いますが、やはり何かのバーは設けなきゃいけないでしょうね。
現役保険営業マン
2007年12月08日 00:13
ともさか保険事務所さん、こんばんは。
一番コメントありがとうございます。
まずは、共済とは名ばかりのとんでもない業者とまっとうな共済をきちんと区別すべきだと思います。
そして名ばかりのとんでも業者を別枠できちんと法的規制をかけ、まっとうな共済は共済独自の法的ルールを適用すべきだと思います。少なくとも金融庁が監督すべきことではありません(そもそも主務省庁ではないからそんな権限は無いのですが…)。
2007年12月08日 17:51
こんにちは。
保険業法改正が共済に与える影響について、私もすごく関心があります。非営利で福祉目的で活動している共済まで対象になっていて、いかにも論議がなされなさ過ぎな気がします。
確かに良くない共済によっての被害もありました。こういう事態に行政が責任を持ちきれない、という感じなのだとも思います。でも、そもそも「保険」と「共済」を同じ枠にはめるというのが間違いな気がします。
現役保険営業マン
2007年12月08日 18:10
とことこママさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
…ママさんもそのように感じますか。やはりいくらなんでもやり過ぎですよね。松崎准教授も述べておられますが、保険と共済を同一視して、無理やり保険業法に押し込めることは間違っています。

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