変額保険について④バブル崩壊と訴訟発生。

前回*の続きです。第4回目となる今回は、バブル経済崩壊とともに発生した問題を、なるべくサクッとご案内してまいります。

*前回の記事はこちら。
  • 変額保険について③投入された商品の概要などについて

    1.バブル経済が崩壊!!
    1989年の大納会で日経平均株価が3万8000円強の高値をつけたことにより、株価は翌90年で4万円に間違いなく達するといわれてました。

    1990年…株価は大幅続伸どころか、年明けから急激に下げに転じます。さらにこの年の4月、大蔵省はバブル退治と称して「不動産融資に対する総量規制」を実施、その上、8月には公定歩合を一気に6%にまで引き上げました。

    その威力は凄まじく、地価下落に伴う不良債権発生による金融機関の財務悪化などを引き起こし、景気を後退局面に追い込んでしまいます。つまりバブル経済の崩壊です。

    そして翌91年…土地に関する税制強化がなされ、土地の資産的有利性は失われます。このことによりバブル経済の崩壊は急速に進行してしまいます。これにより、当時変額保険を契約していた人たち、特に不動産を担保に保険料を金融機関から借り入れて契約していた人たちは、回復不能な大ダメージを受けます。

    2.訴訟が多発!!
    1990年から相次いで行われた急激な金融引き締め政策により、バブル経済は完全に崩壊します。そして1992年、変額保険の契約を巡る訴訟が多発します。

    その訴訟は大きな特徴がありました。それは「融資一体型変額保険」と呼ばれる保険商品の契約に対する訴訟が大半を占めていたのです。

    3.融資一体型変額保険とは?
    融資一体型変額保険ってどんな保険なの?という方も多いかと存じます。

    同保険は、相続税対策を目的とし、保険契約と融資契約をセットにした特殊な仕組みの保険(本当は保険とはいえない詐欺商品ですが…)で、1989年から91年まで販売されました。その特徴は次の通りです。

    ①保険料全額に相当する金額の融資を受け、一時払い(保険料全額を一括で支払うこと)で保険に加入する。つまり、融資契約と保険料一時払いがセットになっている。

    ②借入金の利息は順次貸し増しされる。

    ③相続発生時に死亡保険金(ないし解約時の現金)を用いて元金及び利息の返済を行う。


    4.融資一体型変額保険が投入された背景
    バブル崩壊後に多くの訴訟を抱えることとなるようなものをなぜ保険会社が投入したのか?その背景について「生命保険会社の経営破綻」には、以下のように記述されています。

    〈 …融資一体型変額保険が販売された背景としては次のようなものがあった。

    a 地価高騰により不動産の所有者相続税が大きな負担となることを恐れていた時代である。バブル経済の結果大都市郊外の地価が高騰し、不動産の所有者にとっては相続税の負担が大きな不安となっていた。

    b バブル経済がピークを打って崩壊していった過程である。地価は1989年にピークを打ち、1990年の初めより下落していった。

    c 銀行や生命保険会社が信頼を得ていた時代である。当時は、一般個人顧客にとって、銀行、生命保険会社は堅実な営業を行う企業として、絶大な信頼を得ていた。こうした一般的な信頼は、厳格な審査に基づいて融資を行っていたバブル以前の銀行経営や、保障を中心としてリスク商品を取り扱わなかった従前の生命保険経営の記憶に裏付けられたものであった。

     そしてこのような時期に、銀行、生命保険会社そして行政それぞれに、融資一体型変額保険を販売する事情を抱えていた。融資一体型変額保険の契約による多額の資金が株式市場に流入することを通じて株価を支えたいという思惑が、銀行・生命保険会社・大蔵省の三者に共通していた。すなわち銀行にとっては、BIS規制をクリアするためには株価が下落することはマイナスであった。また、外国債券の含み損を株式の含み益で補っていた当時の生命保険会社にとっては、株価の下落は資産の悪化をもたらすことにつながった。そして大蔵省は、日本発世界同時の株価暴落の防止、景気の安定、税収の確保等、多面的な利害を有していた。これだけではなく、当時の銀行にとっては個人への融資を増大させることは、どうしても必要なことであった。1980年代を通じて、企業は株式市場から資金を調達したために銀行の企業向け融資は極端に伸び悩んでいた。そこで、銀行は新しい融資先として個人顧客を開拓する必要に迫られていた。そして融資一体型変額保険は、個人顧客の大口の融資を獲得する重要な一手段として位置づけられることとなったのである。また生命保険会社にとっては、融資一体型変額保険は金融自由化の中で営業を拡大するための重要な商品であった。また、高い予定利率に悩む生命保険会社にとっては、リスクを契約者に転嫁することは大きな魅力でもあった。〉


    5.開かれた地獄への入り口
    融資一体型変額保険は、銀行・生保両者にとってまさに「濡れ手に粟」だったようです。「生命保険会社の経営破綻」に次のような記述があります。

    〈 …この融資一体型変額保険は、最初は好調な売れ行きを示した。銀行や生命保険会社にとっては、この商品の将来は一見「順風満帆」と映ったかもしれない。銀行にとっては、当時は資金がダブつき、通常の方法ではお金を融資することが困難であった。枯渇しかけていた不動産絡みの融資に変わる理想的な融資対象であった。「変額保険ローンは、(家や土地などの資産を担保にするので)金額が大きいうえ、(借入人の)死亡時まで一切返済がない。黙っていても融資が伸びた」からである。一方、生命保険会社にとっても、「変額保険を用いた相続税対策のうまみは大きかった。保険の勧誘は銀行がしてくれたし、契約者本人に資金がなくても、銀行が多額の保険料を融資してくれたからである」。〉

    しかし、バブルに便乗したそんなばかげた商売が長く続くはずもありません。1990年に入り状況は一変します。そう、バブル経済の崩壊です。変額保険の運用利回りは急速に低下し、翌91年には軒並みマイナスに陥ってしまいます。

    保険料融資の担保となっている不動産価格の下落、株価の急落、変額保険の運用利回りの急速な悪化は銀行の態度を急変させます。銀行は、契約者に対し保険の解約を迫り、容赦ない急激な債権回収に乗り出したのです。

    また、保険を提供した生保も、態度を急変します。「契約時の自己責任」を主張し、販売者としての責任を一切認めなかったのです。

    …そのようなことを行えば、訴訟が多発するのは当然のことといえるでしょう。

    次回は、「保障の提供」という本来の目的から著しく歪められた変額保険についてご案内する予定です。

    *出典:生命保険会社の経営破綻

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  • この記事へのコメント

    2008年06月02日 23:28
    こんばんは!

    変額保険はただでさえ難しいのに、未理解で加入するのは懸命でないですよね…
    勿論販売する方の説明不足は問題ですが、加入する方も、まかせっきりで加入するのも私は問題だと思いますが…
    現役保険営業マン
    2008年06月02日 23:44
    ともさか保険事務所さん、こんばんは。
    一番コメントありがとうございます。
    …現在の変額保険とは全く異なり、訴訟が多発した融資一体型変額保険は、契約者がどうあってもババを引く代物でした。契約者の自己責任云々は一切問えないと思います。その点については次回でご案内します。
    2008年06月03日 09:21
    こんにちは。

    変額保険と融資・・・怖い組み合わせですね。

    記事冒頭にも書いてありましたが、
    >株価は翌90年で4万円に間違いなく達するといわれてました。
    アナリストや専門家といわれる人達は、結構見当違いなコトを言いますよね。今年の為替も「1ドル=70円突入間近!」とか言ったりして、結局は105円までになっています。
    あらゆることに踊らされず、冷静に判断する力が必要です。
    現役保険営業マン
    2008年06月03日 10:01
    とことこママさん、こんにちは。
    コメントありがとうございます。
    …はい、本当に恐ろしい組み合わせです。何しろ、自宅などの不動産が担保になっていますので、前提条件(株価の上昇、高運用利回りの継続)がちょっとでも狂うと悲惨なことになる仕組みですから。
    …アナリストなどの専門家が言う見通しはあまり当てにしてはいけないということでしょう。
    …そうですね。しっかりと冷静に考えて判断する力が必要だと思います。ただ、残念ながらバブル経済崩壊後も、ITバブルやその後の小泉改革バブルに踊らされたことを考えると、まだまだ難しいなと感じます。

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