AIGの経営危機は「人災」だった。

9月8日の日本経済新聞に、リーマンショックで経営危機に陥ったAIGが、公的支援を受けるまでの流れについて取り上げている記事がありました。

…2008年9月に表面化したAIGの経営危機問題と、公的支援決定までの緊迫した日々のことは今でも覚えています。

当時、今年8月まで在籍していた某保険代理店の一員だった管理人は、メインとして取り扱っていたアリコジャパンを含むアリコ(現メットライフアリコ)やAIGスター生命、AIGエジソン生命(いずれも当時。現在はジブラルタ生命保険)を傘下におさめるAIG帝国の行方に注目していました。

破綻する恐れが強い、という見方が出ていた中で、深夜に公的支援が決まったという公式コメントがリリースされ、ほっとしました。

その後のことはご記憶されている方がとても多いかと存じます。AIGスター生命とAIGエジソン生命の両社は米プルデンシャルグループの傘下に入り、ジブラルタ生命となりました。

また、アリコジャパンを含むアリコはメットライフの傘下に入り、メットライフアリコになり、日本支店は現地法人化され現在に至っています。

管理人は、経営や金融財務などの専門家ではありませんが、今回の記事を読む限りでは、

①AIGの経営危機問題は「人災」だった。

②米当局や政府も、自国の住宅バブル崩壊では後手に回り、自国のみならず世界各国の実体経済に深刻な悪影響を及ぼした。


―という印象を受けました。

【記事の内容】

以下、記事の内容です。

―日本経済新聞 2013年9月8日―

【危機は去ったか リーマン・ショック5年(2):「ウォール街は壊せない」―AIGは一転、公的支援。破綻のドミノ恐れる】

 リーマン・ブラザーズが破綻した2008年9月15日。危機はアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に波及した。主要金融機関と巨大なデリバティブ取引を結んでいた保険の巨人経営困難は、ウォール街崩壊につながりかねない爆弾だった。公的支援に急転回する米当局の動きを米議会資料などから探った。

 9月12日金曜夕、金融トップをニューヨーク連邦銀行に集め、リーマン救済協議を始めた時、米当局は別の2つの難題に直面していた。メリルリンチの苦境はバンク・オブ・アメリカによる買収でしのいだ。残る問題は、AIGだった。

◇「5~10日で底」
 「5~10日で資金が底をつく」。AIG副会長のヤコブ・フランケルらが同日、ニューヨーク連銀にこう告げていた。同連銀は8月半ばの調査で異変を認識していたが、状況悪化の速さに虚を突かれた。

 格付け会社がこの日、格下げ検討に入り、緊迫度が高まった。格下げになると、AIGは子会社のデリバティブ取引に関連して取引先の銀行などに追加担保を入れなければならない。金額は130億ドル(1兆円強)に上る恐れがあった。

 貸し債の契約解消の動きも急だった。AIGは保険勘定で保有する国債などをファンドに貸して貸出料を得る一方、収益上乗せのために、顧客から預かった証拠金など700億ドル(7兆円)を住宅ローンの証券化商品などへの投資に回していた。顧客の証拠金返還の求めに応じるため、証券化商品を売ろうとしたが、もはや市場に買い手はなく、資金確保は難しかった。

 14日の日曜、必要な資金は500億ドル(5兆円)とはじかれた。15日未明のリーマン破綻処理を米世論は歓迎したが、当局は危機の連鎖に身構えた。恐れは的中し、AIG株は61%安と叩き売られ、銀行は融資枠の利用を渋った。

 ニューヨーク連銀総裁のティモシー・ガイトナーは朝から、JPモルガン・チェーストゴールドマン・サックスを取りまとめ役に750億ドル(7.5兆円)の協調融資を働きかけた。「銀行ではない保険会社にFRBは融資できない」と、民間での解決を求めた。

 だが、信用収縮に誰もが怯えていた。次は自分が標的になるかもしれないと。夕刻、格付け会社が2~3段階の格下げに動き、AIGの命運は定まる。担保要求が殺到、AIGは破産申請の準備に入った。

 16日、ガイトナーが待ったをかけた。財務長官のヘンリー・ポールソンが議会説得に動き、その夜、ニューヨーク連銀はAIGへの特別融資を発表した。異常で緊急な事態に銀行以外への融資を認める米連邦準備法13条を発動した。金額は850億ドル(8.5兆円)と想定を大幅に上回った。

 FRBは保険子会社を含む資産を担保にとり、米政府は株式の約8割を取得。AIGを政府管理とした。

◇1兆ドルの共同体
 公的支援を拒んできた米政府がAIG救済に急転回したのはなぜか。その答は、ニューヨーク連銀の内部資料にあった。「とても普通でないデリバティブ取引が2.7兆ドル(270兆円)あり、うち1兆ドル(100兆円)は主要12金融機関との取引である」

 AIGは子会社経由で金融機関の投融資の損失を保証する“保険”を一手に引き受けていた。AIGが破産すればリスクがウォール街に逆流しかねなかった。

 米議会の特別監査間質の資料が個別名を挙げている。ソシエテ・ジェラルドへ165億ドル、ゴールドマンへ140億ドル―。公的支援直後、AIGは資産買い取りや担保差し入れで621億ドル(6兆円強)を取引先に支払った。米政府は遮二無二、ウォール街の崩壊を食い止めたのだ。

 だが、翌17日、危機の火の手は各所で広がった。

 安全で便利な貯蓄商品として米個人に浸透するマネー・マーケット・ファンド(MMF)で解約が相次いだ。リーマン債に投資していたMMFの元本割れがきっかけだった。企業のコマーシャルペーパー最大の買い手であるMMFからの資金流出で企業金融もマヒした。

 証券大手モルガン・スタンレー、ゴールドマンだけでなく、銀行の資金繰りも怪しくなってきた。ポールソンらは18日、金融機関への資本注入に向けて米下院議長ナンシー・ペロシらとの調整に入った。

【「影の銀行」火薬庫に―デリバティブ傾倒/欧米の金融が依存】
 安心・安全を提供する保険会社がなぜリスクの塊となったのか。AIG問題はFRBなど銀行監督当局の目の及ばない影の銀行システムが危機を増幅した構図を浮き彫りにする。

 AIGのロンドン拠点AIGフィナンシャル・プロダクツ(FP)は「影の銀行」の総本山ともいえる存在だった。

 起源は1987年。AIG元会長モーリス・グリーンバーグがジャンク債で名をはせたドレクセル・バーナム・ランベールの人材を引き抜いて創設。倒産保険の一種、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引を最初に始めた。

 「AIG成功の原点は高格付け」と知っていた元会長はFP社が過度なリスクをとるのをけん制。当初は金融工学の専門化が慎重に取引していたという。

 だが創業メンバーの一人、ジョセフ・カッサーノに経営を任せた01年頃から暴走が始まる。政治学科卒のカッサーノは収益拡大へアクセルを踏んだ。元会長が05年に不祥事で追放されると歯止め役もいなくなった。

 サブプライムローン拡大期とも重なった。欧米の金融機関やファンドにとってCDSは証券化商品の保有リスクを消してくれる都合のいい商品だった。

 90年代後半、日本でも決算操作目的のデリバティブを外国勢が企業に盛んに売り込んだ。「FP社の東京もその一つだったが当局が問題視した結果、関係者はロンドンに合流したようだ」と当時の監督責任者はいう。

 世界で最も規制の緩やかなロンドンを舞台にAIGの経営リスクが蓄積された。監督当局のニューヨーク州の担当者がそれに気付くべくもない。

 経済が順風な間は多額の保証料収入をもたらしたデリバティブ取引。住宅バブルが崩壊すると、火薬庫になった。保険の販売者として債務を肩代わりする責任が出てきたからだが、AIGに財務の備えはなかった。

【金融当局、後手に回った―モーリス・グリーンバーグ氏(AIG元会長)】

―AIGとは、どんな会社だったのですか。

 「世界の保険業界のトップにのし上がるという価値観の下に人材が結束した。初期の中核メンバーは私をはじめみな軍人出身だった。いったん戦略を立てたらそれを遂行する。議論はしない。失敗も許さない。それが社内文化だった」

 「我々は鉄のカーテンが崩壊する前から旧共産圏へ進出し、難攻不落の日本の保険市場さえ全力でこじ開けた。強いリーダーシップと独特の海外戦略や商品戦略は他に例がない」

―AIGを2005年、あなたは追われました。
 「米エンロンの不正会計事件をきっかけとした(コーポレートガバナンス強化を目的とする)一連の法律が副作用を生んだ。社外取締役が会社の利益ではなく、金融当局におもねり自らの保身に走るようになってしまった。私を追い出し、ここからAIGは指揮系統が乱れて転落が始まった」

―問題はデリバティブ取引での過度なリスクテイクでした。その責任は。
 「確かに子会社を通じたCDS取引は私が始めたビジネスだ。しかし当初は安定的に高収益を上げていた。収益を担保していたのがトリプルA格付けだ」

 「私が去った後に、AIGは格下げされた。ここでCDSの持ち高にヘッジをかけるか、残高を圧縮すべきだった。だが、経営陣はリスク管理を誤り、事業を拡大してしまった」

―AIGの経営悪化は急速に進みました。
 「土壇場の段階でもまだ打つ手はあった。FRBに駆け込み、銀行預金と同じようにCDSを保証してもらうことだ。そうすれば資金流出は防げたはずだ。私はニューヨーク連銀の会長も務めた経験がある。当時の経営陣にそうした発想もパイプもなかった。政府は銀行を救ったが、AIGを見捨てた」

―金融当局の危機対応をどう見ますか。
 「拙かった。金融市場に緊張が高まっていたあの局面でリーマン・ブラザーズを破綻させたのは判断ミスだった。3月にベア・スターンズの経営危機が表面化して半年の間に金融当局は何もしなかった。対応はひたすら後手に回った」

 「もう一つ批判されるべきは政府が推進した無謀な持ち家政策だ。銀行に対して返済能力に欠けている人にまで融資するように仕向けて、家を買わせた。サブプライムローン問題の根っこはここにあった」


以上です。

画像
↑、河原の片隅で休息するアオハダトンボのメス(5月撮影)。

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